裁判員制度について思うこと

日本は法治国家で、犯罪を犯した人をさばくのは民間人ではなく司法試験に合格した弁護士や裁判官でした。
ところが一般常識からかけ離れているという理由から、裁判員制度というものが導入されたのです。
裁判員制度が使われるのは凶悪事件がほとんどですが、もちろん裁判員たちは一般からランダムに選出された人なのですが彼らが一生懸命に考えてだした判決だとしても時にその意見が無視されてしまうこともあります。
典型的な例は某新興宗教のテロ容疑で逮捕された女性が無罪放免で釈放されたことです。
この判断をしたのは紛れも無い裁判長です。
裁判長の中には一般人が司法の世界に介入してくることを快く思わない人も多くおり、裁判員たちの意見をまったく聞き入れず自分の思った通りの判決を下す人もいるようです。
結局、本来の意味をまったくなしていない状態なのです。

最近、思うことはこうした裁判をテレビなどで公開性にして見ている人たちにスマホやリモコンのボタンから有罪か無罪かなどを投票してもらえば良いのではないかということです。
実際に今のままの法体制では犯罪の抑止にはなっておらず、被害者だけが損をしている状態です。
法というのは弱者を守るものではなく、悪い人間も平等に裁くためにあると言われていますが。
悪は悪としてきっちりと裁くことは社会の秩序を守るためには必要なことではないのかなと思う今日このごろです。